ザ・立方体。分厚い小説を読み切る、ということ。

ページ数の多い小説は、読み応えがある分、読みはじめるハードルが高いように感じられますね。読み切れなかったらどうしようなどと考えてしまって、結局手に取らないまま、ということもありえます。その点、ページ数の少ない小説は気軽に読めますし、最後まで読み通しやすいので、ハードルは低いように感じられますね。私もそうでした。ましてやシリーズものなんてとてもとても、と思っていました。そんな私の恐れを解消してくれたのが、京極夏彦の京極堂シリーズ。分冊されている場合もありますが、ひとまとめになっている場合の文庫版の分厚さは何というか、圧巻です。書店などで見かけると異様な存在感です。ちょうど周りで話題になっていたこともあり、勇気を出して読んでみました。分冊版ですとちょっとお財布の中身が厳しくなるので、とても分厚い方の文庫を購入。……怖がっていたのがもったいないと思えるくらい、面白かったですし、新刊が出る度に買いに行きました。さすがに重かったですが、作品愛と話の面白さで何とかなりました。読み切って思ったのは、見た目で判断するのはものすごくもったいないということ。勇気を出してめくってみれば、すばらしい世界が広がっていたのですから。以来、書店などで目に止まる小説があったら、どんな分厚さ、長さであれ、一通り読んでみることにしています。ご縁は大事にしないと、ですね。


季節ごとに読みたい本は違う

季節によって、読みたい本は変わると思います。小説の中で雪が降っているのに、真夏に汗をかきながら読んでいるのではなんとなくおかしな気分ですよね。そういう作品は、やっぱり冬に読みたいと思いませんか?児童小説で有名なナルニア国物語も、第一章に出てくる白い魔女は国を冬の中に閉じ込めてしまいます。アナと雪の女王の元になった童話、雪の女王というお話に出てくる魔女も、やはり雪や氷を操るので冬に読むと余計寒々しく感じます。
では夏にはどんなお話がいいか?個人的には熱血系のお話を押しますね。DIVE!!という飛び込み選手たちを描いた作品は、水泳というスポーツが夏のイメージにピッタリですし、登場人物たちの青春まっさかりな様子がまた夏にピッタリな作品だと思います。これ以外にも高校球児を主人公にした物語なんかもたくさんありますが、やっぱり照りつける太陽の感じが夏!っていう感じがしますよね。スポーツものはそのアツいイメージからやっぱり夏に読みたい作品な気がします。
でも、あえて真逆をいくっていうのも良いですよね。暑い夏に寒い冬の話というのも、涼しく感じられて良さそう。何はともあれ、一年中本が読めたら幸せって話です(笑)


図書館の本にありがちなこと

最新刊ではない、いわゆる過去の名作や古典作品を読みたいときは、図書館に行くことが多いです。購入前の様子見も兼ねています。無料で本が読めるんですから、図書館という場所は素晴らしいですよね。でもその図書館ですが、不便なこともあります。古典作品ともなると作家の全集などで置いてあるのですが、その本、たいてい文字がとても小さいんです。出版年が古いからでしょうか。何種類もあるのに、今の文庫本より小さな文字で、ハードカバー二段組みとかしてあるんですよ。読みたいけどこれは、と手に取るのを躊躇いました。それでもと、散々見比べて、一番文字の大きいものを選んで借りました。そして次の残念事項。今後も読み返すことになりそうなので、購入を考えて同じ本を探したのですが、中古本しかなく、しかもプレミアでもついているのかとても高価になっていました。図書館で読んだ本と同じ本を探すと、手が届かない価格になっていたり、絶版になっていたりするということは、割とよくあります。図書館の本が長く愛されていることの証ではありますが、結構がっかりしますね。そんな場合は、同じ本を何度も借りることになります。そして、この本が図書館からなくなる日が来ませんように、と祈るのです。


目にも心にも幸せな場所

いつだったかテレビで、小説家の先生の部屋を見ました。大きな本棚にも机にも本があふれていて、そのほかにも資料なのか、様々な紙で埋まっていました。はっきり言えば片付いていない部屋なのですが、私には宝箱のように見えました。だって壁一面の本棚に入れきれないほどの本ですよ。そして読み切れないほどの文字の詰まった用紙。何が書かれているんだろうとどきどきしてしまいます。思えば学生時代、図書館の奥にある司書の先生の部屋が好きでした。まだラベルを付けていない新しい本が山積みになっていて、なぜか古い本もたくさんあって。狭くて古い部屋でしたが、先生がそこに招待してくれるのが楽しみでしたね。こっそりお茶を入れてくれたんです。時々は誰かのお土産とかいうお菓子もくれました。今思えば、本に埋もれた秘密基地でおやつタイム、という至福の時間です。昔からそうやって、本や紙がいっぱいの、ちょっとごちゃっとした部屋が居心地よく感じるんですね。そういえば自室もそんな感じです。いくら片付けても、本の山ができてしまいます。でもそれが快適なのです。見えるところに本があること。手に届く範囲に好きなものがたくさんあるというのは本当に目も心も幸せなものです。


お腹に優しいスープ

今日は朝からお腹の調子がよくなかったので、家でのんびりする事にしました。なんでお腹の調子悪いんだろうと、昨日何食べたんだろうと考えつつ、暖かいドリンクでお腹を休ませてあげようと自分なりに対処。ここんとこばたばたして家にゆっくりいること無かったし、掃除もしなきゃいけないし、ある意味丁度いいっちゃ丁度良かった気がします。片づけをしたり掃除をしたり、冷蔵庫に余ってる物でなにか作ろうと思い奮闘。いろいろ作っておいて冷凍庫に入れておくと、時間がない時とかにレンジでチンするだけなのでとても助かります。とりあえず最近は無駄が出ないように全ての食材を使い切ることを目標に料理してきたので、同じ食材がしばらく続く事もありましたが、節約には大きく貢献していると思います。今日はお腹の調子も考えて野菜チキンスープにしました。余り物のお野菜をしっかり煮込んでいる間は読書でのんびり、チキンもしっかり煮込むと味が良く出ておいしいです。スープはたくさん水分も取れていいと思います。しっかり煮込んであるのでお腹にも優しいし、冷蔵庫の残り物を使い切るのにも最適のお料理です。煮込んでいる間は自由だし、明日はそれにパスタを入れてスープスパにしてもいい。さぼり料理に見えて実はとっても健康的兼時間の節約料理です。


読書日和な平和な日

先日友人のブログに、天気が良かったので、公園で読書をしましたと書いてありました。青空の下本を広げて、それは気持ちが良かったそうです。公園の写真も載っていて、私は漠然と、平和ってこういうことをいうのかな、と思いました。春ならば青葉の木の下で、夏は日陰で蝉の声を聞きながら、秋は落ち葉の散る中、冬ならば枯れ枝を見ながらコートに身を包んで、読書ができたら……イメージ的には幸せですよね。もちろん、太陽の下で本を読むと目がちかちかするとか、夏は暑くて冬は寒いとか根本的な問題はあって、冷静に考えれば当然室内で読むほうが快適ではあるんですけどね。春と秋はともかく、夏はエアコンの効いた部屋で、冬ならばこたつに入って、でしょうか。暖房の方が温まるでしょうけど、こたつの方が日本の冬という印象があります。そしてどんな場合でもお供に欲しいのが緑茶です。人によってはコーヒー、紅茶エトセトラ。好みは人ぞれぞれですが、ともかく美味しい飲み物。でも本を読みながらカップを持とうとして、うっかりこぼすなんてこともありますから、気を付けないといけません。私はわりと最近、やりました。カップを持つときは、きちんと本から顔を上げて、ですよ。


手間を厭わず好きなこと

先日親戚の子供が遊びに来たときのことです。彼女は小学生。お家でママと作りなさい、と、母がどこかで貰ったらしい、子供向けの料理の本をプレゼントしていました。すると彼女が一言。「私めんどくさいこと好きじゃないんだよねえ」私が小学生の頃といえば、母親の手伝いがしたくて、でも邪魔になるから、危ないからと遠ざけられていた頃だったので、とてもびっくりしました。でもそんな彼女はその後、ビーズを取り出して何かを作っていて、ああ面倒なことが嫌なのではなくて、料理に興味がないだけなんだと一安心しました。ビーズの方がよほど手間がかかりますもんね。ちなみに私はビーズはとても苦手です。テグスに通し、最後に結ぶ段階でばらまくということを何度も繰り返したという過去があり、自分の不器用さを実感したからです。しかし母はビーズ大好きなので、我が家には本がたくさんあります。見ている分にはきれいなんですけどね……。料理とビーズではありませんが、適性も好みも、人にはありますからね。そのかわり私は、母が「読みたくない」と言い切るような長編小説も、臆せず読み切ることができますよ。特別なことではないかもしれないけれど、母にとっては驚くべきことのようです。


雑誌は一期一会

以前、ある俳優さんにはまったときに、友達からたくさんの雑誌を借りました。その子が買っている古い雑誌に記事が載っているから、と貸してくれたのです。書籍は古くなっても何とか手に入りますが、雑誌となると古書店をあたってもなかなか難しいんですよね。以来、欲しい雑誌は見かけたらそのときに買うように心がけています。漫画等の月刊誌は買っていないので、基本的には特集が組んであるムック本が多いです。買って読まないまま放置、というものもよくあります。本屋で見ると読みたいんだけど、なかなか読む時間がとれないという……。そういうものは年に一度整理をします。時間をおいてまた読みたいと思えるならばそれでよし、やっぱり読まなくていいと思えば処分します。買って読まないなんてお金の無駄だと言われますが、興味の対象は移るもの。その時に時間を作れなかった自分が悪いので、すっぱり諦めます。だってそれまでとっておくスペースが私の部屋にはないんですもの。一応読む前の本は目につくところに置いているんですけどね。今も机の上が山盛りです。一日のうちのどの時間を削ったら、本を読む時間ができるのでしょう。問うまでもなく、ネットか昼寝だとはわかっています。


猫のダヤンと懐かしの再会

友人に、ダヤンのバッグをもらいました。わちふぃーるどのダヤンです。正直、どうして私にこれをくれたのか、わかりません。私はダヤンのファンじゃないし、誕生日やクリスマスのイベントの日程でもなかったし。でも、ちょうど古いバッグが壊れてしまったときだったので、ありがたくもらって、以来、愛用しています。もうだいぶ昔、母と弟がわちふぃーるどに夢中だった時期があります。母は猫のダヤンの愛らしさから好きになったようでした。弟は、うさぎのキャラクターにはまっていたような。そのときにちょうどダヤンの本があることを知った私は、彼にその本をプレゼントしました。たしかダヤンがどうしてわちふぃーるどに来たのか……っていう内容だったかな。それは単行本でしたが、絵本もずいぶんたくさん出ていますよね。でもその絵本、サイズは小さいくせにに高価で、学生だった私には残念ながら手を出すことができませんでした。他に覚えていることといえば、母の誕生日にどうしてもバレッタを買ってあげたくて、お小遣いの中からお金を工面したこと。今はそのお店もなくなってしまってまるきり縁遠くなってしまったダヤン。今度本屋に行ったら、絵本を探してみようかなと思いました。


ドールハウスの世界

ドールハウスの展示会があることを知りました。近所の美術館であるようです。ドールハウスを初めて見たのは、テレビの番組でした。小さな小さな家の中に、家具や食器やその他もろもろきっちり揃った不思議な世界。それはおとぎ話の国のようで、とてもびっくりしたことを覚えています。ひとつはその細かさと見事さについて。そしてもうひとつは、よくこんなものを作るなあということについてです。私、手先作業が苦手なんです。裁縫も工作も好きではなくて、学生時代は家庭科も図工も平均以下でした。それなのに、世の中にはあんなにきれいなミニチュアの世界を作る人がいるんです。素晴らしいですよね。『不思議の国のアリス』や『赤毛のアン』の世界をそのまま作っている人もいるんですって。確かにあの世界観は、ドールハウスに適していそうです。現代のっていうより、中世の?昔の?そういう感じですもんね。ああでも、昭和30年代の日本の風景なんていうのを見たこともあります。母がとても感動して、自分も作りたいけどぜったい無理と嘆いていました。家で一番器用で、一番細かな作業が好きな人なんですけどねえ……。細かいといえば、米粒にイラストを描く人もいるんですよね。世の中にはたくさんすごい人がいるものだなあと感心します。