パーキングエリアでだらだら

高速道路のパーキングエリアでのことです。その日は私が運転手を勤めていたのですが、分岐点を通過する際にちょっとヒヤッとした瞬間があったので、1時間ほど、少し長めに休憩を取ろうと寄りました。かなり大きめのパーキングエリアで、食堂や土産物店、屋台などが非常に充実していました。建て替えたばかりと思しき小綺麗な建物で、お客さんも多かったと思います。トイレには外まで列が出来ていました。
とりあえずカップのコーヒーを飲んで一服しました。肩の力がふっと抜けて、非常に楽になったことを覚えています。高速道路って、一般道路とは違って信号や横断歩道などもなく、ほぼ一本道で楽かと思いきや、そんなことはないんですよね。いつもよりスピードを出している分、気が張っていたのだなあ、と改めて思い知りました。
せっかくだったので、その土地の名物だという食べ物をいくつか購入し、同行者といっしょに舌鼓を打ちました。串焼きのステーキが特においしかったです。香ばしくジューシーで、同行者と合わせて4本ほど平らげてしまいました。
特に予定を決めているわけでもない旅だったので、更にそのまま私は小説読みに突入、同行者は持参していた携帯ゲームをカチカチと、各自思うままにだらだらしてから出発しました。これはこれで旅っぽいような、壮大な時間の無駄遣いをしているような。ともあれ、のんびりと休憩出来た素敵な時間でした。


たまに羽目をはずしてもいいよね?

同じ睡眠をとるにしても、睡眠の質が悪いと寝起きが悪い、疲れが取れない、眠気を感じる、一日が上手く始まらないんです。机の上でそのまま寝てしまうとか、テレビを見ながらソファーでうつらうつら・・・。冬場のこたつでうとうと・・・。その時は気持ちいいんですよね。寝る準備をしてないけど知らぬうちに眠りに落ちるあの気持ち良さはなんとも言えません。ですが、一日のスタートが良くないとなんだか悪循環な気がして良くない。ということでちゃんと寝るべき場所で寝るという大事な事を守ろうと思います。ここ最近はちゃんと寝ていたのですが、昨晩はお友達が遊びに来てて、久しぶりに女トークに花が咲いてしまいました。新しい料理のレシピとか、最近読んだおススメの本とか、恋のお話とかその他もろもろが止まらなくて、お菓子を食べたりスイーツを食べたり。太るねと言いながらもたまには良いよねと二人で正当化しながらたくさん食べました。そしてそのまま倒れこむかのようにして寝ちゃったんです。寝るべき場所では寝たんですが、ほら、時間も遅かったし歯磨きも忘れちゃって。今日から又規則正しいお時間へ戻しますが、なんだかんだいって昨日の夜はとても楽しい時間でした。


あーでもないこーでもない、とつぶやける毎日

叶ったら良いのになぁと思っているけどありえない事、たくさんありませんか。一億円の宝くじ当たったらいいなぁと夢見てみる、でもくじを買ってないので当たるはずが無い。痩せたいなぁと思いながらもケーキやラーメンを夜中にほおばってみたり。誰かと会うのはめんどくさいけど、一人だと寂しいと思ったり、部屋や家が狭くて片付け面倒なんだよねと思いながら今日もたくさんの本を買ってきたり雑貨を買ってきたり、洋服ダンスや引き出しに入りきらない服をどうしようといいながら、今日も着る服が無いとつぶやいたりする事、誰にでも一度や二度はあると思うんです。そんな時私って矛盾してるなぁって思いません?でもその矛盾は結構楽しみな事の方が多かったりするもんです。ありえないけど夢を見る事が出来る、困ったといいながらもおいしい物を食べたり楽しく友達と買い物に行ったり、そんな時間を過ごす事が出来ます。矛盾だらけの世の中だけど、それはきっと今も昔もそんなものだと思うんです。だって人間ってきっと無いものねだりだと思うから。あれが欲しいこれも欲しい、これが手に入ったら次はあっちが欲しい。この気持ちのバランスをとりながら生きていくのが、実は人生の楽しみだったりするんだと思います。この緩やかなバランスを楽しみながら、あーでもないこーでもないと、毎日を楽しく過ごしています。


レーベルの代表作を一気読み

最近、とあるレーベルの黎明期から中興期、そして今現在をそれぞれ象徴する作家たちの作品を一度に俯瞰する機会に恵まれました。何のことはなく、ただそれぞれの時期の大ヒット作品を歴代から順に片っ端から読んでいくというだけなのですが、これがなかなか面白い。最初はあまりリアリティを重視した作風ではない、どこかファンタジックなもの――しかも作家自身あえてそうしている――がヒットしていたのが、現在に至るまでの間に、よりリアルに、より生々しく、より人間らしくといった風に移行していってるんですね。
そのレーベルについて詳しく分析した本によれば、その移行スピードはとある日陰ジャンルが徐々にその居場所を獲得していった時期と重なっているようです。ちなみのこのレーベル、その日陰ジャンルに属する小説が大半です。一般に普及するにあたって、よりウケが良かったのがリアル路線、ということになるのでしょうか。
一部のマニアだけのものだったのが、よりマニアックにリアリティを追求するようになったというのは興味深いです。色々と勉強になった時間でした。好きなものについて知るのって楽しいですよね。更に好きになれる気がします。次はあまり売れなかったものを読んでみようと思っています。一体何が見えてくるのか、今から楽しみです!


1通の年賀状から

数年前のお正月のことです。しばらく交流がなかった人から年賀状が届いたのですね。しかも、裏も表も手書きの、素敵なものが……。
彼女は私の高校時代の友人でした。美術部で、絵がとても得意な子でした。学校帰りにファストフード店に寄ってたわいない話をしたり、いっしょにティーンズ小説の話などで盛り上がったりと、結構気が合っていたように思うのですが、卒業してからは何となく疎遠になってしまっていました。その彼女からの不意打ち。それはもう、うれしかったです。
私もさっそく手書きで年賀状を出すことにしました。大事なのは巧拙じゃない、心なんだ!と自分に言い聞かせながら(笑)。うちでは毎年プリンターで出力した年賀状を出しているのですが、完全に封印。久々に筆ペンを握り、宛名を書き……干支のイラストはちょっと無理だったのでハンコでごまかしつつ、あれこれと書き入れて。
そしてどうなったかと言いますと、数日後、うちに電話がかかってきました。相手は年賀状をくれた彼女。それを狙って電話番号を書き入れていたのですが、見事作戦成功だった模様です。あからさますぎて見破られていましたが(笑)。以来、細々とではありますが、交流が続いています。


止まった電車の中で

高速バスで移動していると、予期せぬ渋滞に巻きこまれることがあります。私が利用している路線では、代替手段としてとある電車の乗車券を格安で販売しています。
私も何度かこの代替手段を利用したことがあります。駅が近い停留所があって、先を急ぐ人は運転手から乗車券を買い、降車するというわけですね。そして徒歩で駅に入り、目的地へと急ぐ――わけなのですが、その電車さえ人身事故で1時間近く止まってしまったことがありました。さすがにこうなると諦めがつきます。友人と会う約束をしていたのですが、謝罪の連絡を入れ、持参の小説を読みながら待機することに。
事故の処理が終わるまでじっと待っている時間って、車内がどこか落ち着かない雰囲気になりますよね。イライラと、諦念と、好奇心の余り浮き足だった気持ちとがごちゃまぜになって、ドロリと淀んでいるかのよう。
私も、目では小説を追ってはいたものの、いつの間にか耳をそばだててしまっていました。車内放送を聞き逃さないようにしたかったのか、それとも野次馬めいた気持ちのせいだったのかはわかりません。もしかしたら後者だったのかも……。
ですから、やっと電車が動くという放送が流れたとき、正直ホッとしました。これ以上そこに閉じこめられていたら、自分のイヤな面がグイグイ表出してきそうで怖かったんでしょう。思いもかけず自分を見つめ直すことになった出来事でした。


毎日の洗濯物から

洗濯物を毎日干すのって大変ですよね。最初は楽しいのですが、毎日……となるとだんだん飽きてきます。小説や映画だと、洗濯物を干すシーンってすごく楽しそうだなと思うのですが。高原に翻る無数の白いシーツだとか。路地裏に掛け渡された衣類の列だとか。後者は綱を渡ってヒーローが悪者から逃げるシーンなどでも使われていますよね。
まあ現実にはそんなステキな洗濯風景は望めないわけなので、何とかして飽きないようにしなくてはなぁ、と思う今日この頃なのです。苦痛は少ないに越したことはない。でもこれがなかなか難しい。
そう考えると、【お母さん】ってスゴイ存在だったんだな、と思います。うちの母は家事をマメにする人でした。そのDNAは見事に私に受け継がれなかったわけですけれども。だからこそ、何年も何年もよく続けられたなぁ、なんて思ってしまうわけです。
この間、ふと彼女に電話をかけてそんなことを話してみました。そうしたら、母も毎日の家事を苦痛に思うことがあったそうです。でも、家族のためだと思えばがんばれたのだと。――何というか、オトナだなぁ、と思いました。精神的に。
私もいつかはその境地に至れるのかしら。いつかは、今の【年だけ取ってまだ中身はコドモの状態】から抜け出せるのかしら……。年の取り方や毎日の過ごし方について、しみじみと考えさせられました。


紙魚退治の思い出

親類から受け継いだ小説全集を読んでいたときのことです。その全集は親類がその父から受け継いだものだそうで、とても古いものだったのですね。どことなく酸っぱいにおいがして、紙もほとんど変色していました。図書館や古書店には、そのような本がたくさんあるので、特に気にしてはいませんでしたが。
そしてふとページをめくったら出てきたのが、紙魚。銀灰色で、手足がわさわさ~っとしていました。しかもちっちゃくて素早い。思わず悲鳴を上げて本を投げ出してしまいました。大切な本なのに、反省。
紙魚って紙を食べるのが大好きだから「紙魚」なんですよね。そう、紙を食べるのが好き……にわかにヤツから全集を守らねば!という使命感が生まれ、ティッシュを片手にそーっと、そーっと、床に落ちた全集をめくると……ああ、いました。そのまま潰れていればよかったのに。とにかくヤツに負けない素早さでティッシュを駆使し、何とか退治できました。
思えばこのときが、紙魚とまともに対峙した初めての瞬間だったかもしれません。しかし、まあ、そのおかげで耐性ができました。紙の本は財産です。人の思いがこもったものならなおさら。これからも毅然と対応していきます。負けないぞ。


植物園でぼっち充

先日、近隣の植物園に出掛けてきました。季節を問わず何かしらの花が咲いている植物園なので、いつ行っても楽しみが見つかるんですね。ちょうどよく晴れた日で、紫外線対策の帽子を目深にかぶり、のんびりと花を愛でました。持ってきたコンデジで写真を撮ったり、電子辞書に載っている写真と見比べてみたり……。
さて後は帰るだけ、というのは少々もったいない気がしたので、木陰のベンチで読書をすることにしました。屋外で、解放感に包まれながら読む小説は乙なものですね。遠くで子供たちが遊んでいる声が聞こえました。隣のベンチでは、仲の良い友人同士で来たと思しきお婆さんたちが、おっとりと世間話をしていました。
ちょっと疲れたなと思ったらのびをして、また適当に園内を歩き回って気分転換。おなかが空いたら併設のカフェでおいしいクロワッサンとコーヒーをいただいて、そこでも読書。場所を変えると集中しやすくなりますよね。
やがて日が落ちて、園内が一面金赤色に染まる頃。花の色合いが変わって見えるはずなのでもう1度写真を撮りに行って、その日は終了。人目を気にせずほとんど気ままに過ごしました。ぼっち充と呼ぶなら呼ぶがいい(笑)。楽しかったです。


誕生日にもらった小説

昔、誕生日にとあるファンタジー小説の全巻セットをもらったことがあります。そのファンタジー小説は私が子どもの頃から大好きだったもので、あんまり繰り返し読むものだから、すでにボロボロになってしまっていました。
それを全巻そっくりプレゼントされたときの気持ちは、なかなか言い表せません。自分の好きなものを把握してもらっていて、しかもそれがどんな状態か知っていて、誕生日プレゼントとして贈ってくれる、なんて……。
その人とは、今もいい友情が続いています。相手が自分を気に掛けてくれるというのはうれしいものですね。心があたたかくなります。もらった分は返したいというか、ギブ&ギブで終わらせたくなくなりますね。私だって負けないくらい気に掛けてやるんだからなー!って(笑)。
私が最初に持っていたファンタジー小説の全巻セットと、彼女からもらったそれは、今も私の書棚に並んでいます。先日、そろそろ3代目が欲しいんじゃないの、とニヤニヤしながら言われたので、お言葉に甘えてしまおうか、と思っている今日この頃です。
……まあ、その分彼女の誕生日には、彼女が喜びそうなものを徹底して選定する気でいるのですが。喜んでくれるといいな。